第1章

カトケン君
登場!

「え~最後になりましたが、先週付けで、我々加藤建設に
新しい仲間が加わりました」

とある朝礼の風景。

社長の訓示、連絡事項の報告の後に、僕の隣の総務部長が
そう口火を切った。

「もう一部の方は会っていると思いますが、
この度広報担当者を配置することになりました。
わが社は様々な特殊技術を持ち、
かつ地域社会と密接な関わりを持つ企業として
皆さんに仕事をしていただいているかと思います。
そこで我々の強みや取り組みを社内、社外に広くアピールし、加藤建設の積極的な情報発信をすることが 今回の採用の狙いです。
今日は皆さん集まっていますので、改めて自己紹介をしてもらおうと思います」
総務部長に促され、
僕は加藤建設本社の従業員の前に立った。
一部の、というよりこの新天地で僕の上司になる係長が、
ニヤニヤしながら僕を見ている。

「えー…」僕は息を吸い込んで、出来るだけ爽やかに言った
「この度、広報担当として入社しました、加藤建です!」
 一瞬の間。そして、ざわめく社内。

…いや、いいんです。…わかってます。
言いたいことは良くわかります。

先週入社してご挨拶した1割の方はこう言いました。
社長のご子息?
2割の方はこう言いました。社長の弟さん?
3割の方はこう言いました。社長のご親戚?

そして、残りの方は噴き出してこう言いました。
『これって本名なの?』
…良いんですよ。洒落みたいなもんです。
加藤建設の加藤建。

『嘘だろ』と爆笑する気持ちはわかりますとも…。

バリバリの文系、しかも業界未経験の僕がこの会社に
中途入社できたのは、
半分はこの名前のおかげみたいなもんです。

大学出てから小さな広告代理店に勤めて丸2年。
媒体、イベント、Web、印刷とそれらにまつわるエトセトラ、法に触れる以外の大抵の事をやってきた中、
20代半ばでまさかの会社倒産。
景気が多少上向いてきたとはいえまだまだ厳しいこのご時勢、途方にくれていたところに見つけた 加藤建設の広報担当の求人(業界未経験可)は、
僕にとっては千載一遇のチャンスだったわけで・・・。

自分でもあまりの緊張のため何言ったかわからない
自己紹介を終え、朝礼は無事終了した。

手短に話したつもりだったが、
結構しゃべってしまったかもしれない・・・。
「おーい、カトケン君」

三々五々の解散の中、教官役の係長がのこのことやってきた。彼は僕の名前を聞いて、すぐに僕を『カトケン君』
と呼ぶようになった。

「うんうん、いい自己紹介だったよ。面接した中でも君はダントツに優秀だったからねぇ。広報だけに、 自分のPRもバッチリだね…ってあれ、どうしたの怖い顔して?」

「係長、ひとついいっすか」
「何かな?」

 僕は言ってやった。
「そのニヤニヤ、やめてもらえませんか」
「いやだなあ…俺はこういう顔なんだ」

僕は思わずため息をついた。
係長は、普段は適当な感じで昼行灯な感じの人だけど、
僕の疑問には何でも答えてくれる、良い上司だ。

…と思う。・・・と思いたい。

「さあさあ、ため息なんかついてないで仕事仕事!
今週も頑張っていこう!」
 僕に課せられた使命は、
『いかにわかりやすく加藤建設の魅力を伝えること』。
確かに僕は、建設業界や技術的なことはまったくわからない。
そして、この会社の魅力も…。

だからこれから、たくさんのことを見聞きして、
勉強していこうと思っている。

…よし、頑張ろう。

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